占いの歴史と研究
ゴークラン(1979)『イシ・パリ』紙に全く無料で個人の天宮図をさしあげますという広告を掲載した。
フランス各地から応募者がありました。
前述のコンピュータ会社から得られたもので、フランスでもっとも悪名の高い大量殺人をしたひとりであるプチオ博士の誕生資料に基づく天宮図をその全員に返送した(プチナ博士は、フラソスがナチに占領されたとき人びとが逃げるのを助けることができると触れ込んで、彼らが金や財産をもって彼の家にたどりついたとき、彼らを殺し、その死体を生石灰槽の中で溶かした。彼は27名の人びとを殺害したかどで、1946年に処刑されました。死刑囚監房の中で、63名の犠牲者があったと告白した)。
応募者には、その天宮図が自分に当てはまるかどうかを回答するように伝えられた。
彼らの回答は、圧倒的に肯定しており、ある人びとは非常に感動して、もっと詳しく分析してほしいと送金した。
最初の150名の回答のうち、94%が、そのでっちあげ天宮図は自分の性格を正確に記述していると主張し、90%は家族や友人からその確かさが確認されたと答えた。
その天宮図は「暖かい、順応性のある、まめな、りっぱな、心の正しい」といった特性が含まれているので、それだけ多くの人びとが、この特定の天宮図を受けいれた理由を知ることはむずかしくない。
わかりにくいことは、その天宮図が実際に適用された人はとくににくにくしい殺人犯であったのに、コンピュータがこの占星術の記述をどのようにして考え出すようになったのかということです。
別の言い方をしていたら無礼なことになるかもしれないので、そのように多くの人びとが無料の天宮図に満足したと主張したのではないかと論じられるかもしれない。
この考え方にもおそらく一理あるでしょう。
ゴークランはこれに続く研究でこの反論を攻撃した。
自分の性格に関する記述に同意するかどうかを単純にきく代わりに、一方は研究対象者自身の天宮図だけを基礎とした記述とそうでない記述を、彼の新しい標本を構成している人びとにそれぞれ示した。
研究対象者に二つのうちどちらのほうが自分ド当てはまるかをたずねたところが、双方ともほぼ同じ割合でした。
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